本当は怖い科学実験

しばらく前に録画しておいたDiscoveryチャンネルの「本当にあった奇妙な科学実験史」第4話を見直してみました。1946年に米国Los Alamos国立研究所で起きた臨界事故の再現映像なんですが、あまりにも漫画チックで、かなり脚色してるのではないかと思っていました。

金属プルトニウム球の周囲に、中性子反射材としてベリリウム球殻を2分割したもので囲みます。ベリリウム球殻をぴったり閉じるとわずかに臨界を超えるように設計されているようです。ある程度隙間を空けておけば中性子の一部が逃げ、臨界に至らないというわけです。

しかし、その隙間を制御しているのが、実験を行っている研究者の手になる、ドライバー(再現映像ではバールのようなものでした)1本なのでした。研究者は器用にドライバーを操作し、隙間を狭めていきます。

臨界にどのくらい近づいているかは、核分裂で発生している中性子をすぐ横でカウントして、助手が教えてくれます。本人も、助手も、観察者も、何の放射線防護もありません。まあ、未臨界ならそれほど線量は高くないでしょうが…。毒性の高いベリリウムの扱いも気になります。

隙間をだんだん狭くしていって、カウントが一定値に達したところで、実験はそこまで。再現映像では隙間はほんの数ミリです。終わりを告げるため、研究者が後で見ている観察者を振り返ります。
が、そのとき、手が滑ったのか、ドライバーの先端が滑ったのか、ベリリウム球殻が落下して完全に閉じ、青い光が発生します。臨界です。研究者があわててベリリウム球殻を外しますが、後の祭りでした。研究者Slotinは被曝して9日後に死亡しましたが、他の方は一応無事だったようです。
本当にこんなバカなことをやってたのか疑問に思い調べてみると、デーモン・コア - Wikipediaなどに写真が載っていて、

まさに再現映像の通りでした。(笑) この写真に関しては、事故後の再現写真という記述もあれば、他のところでは事故以前の写真という記述も見つかり、詳細は不明です。
この実験装置のひどいところは、ワンミスで最悪の事故になるところで、

  • 不安定な可動部(上部ベリリウム球殻)が支えを失うとすぐに事故になるため、設計が根本的に悪い。むしろ、上部はしっかり固定して、下半分を可動部にすれば、落ちても安全な方向なのだが、完全に逆である。
  • 位置制御を手技にのみ頼っている。安全性だけでなく、実験の再現性にも欠ける。
  • 万一落下させたときの安全装置が無い。
  • ついでに可動部は傾けるのではなく、平行移動した方が反射率の計算が楽。

といったことがすぐに見て取れます。
Los Alamosで出しているいろいろな臨界事故のまとめ
http://www.orau.org/ptp/Library/accidents/la-13638.pdf
をつらつらと見ているとこの時代には多数の臨界事故が起きているのがわかりますが、指摘したような問題点をちゃんと考慮したと思われるソ連の実験装置もありました。

しかし、この装置でも同様の臨界事故(1953年)が起きています。規定外の単独実験を行っているときに、安全装置となっているストッパ(Steel stops)の厚さを間違えて付けたとのことで、この装置でも規律違反に対しては安全ではなかったということです。ただ、さすがに遠隔操作で人は近くにいなかったため、重大な被曝は起きなかったようです。
こんなバカなことをする人はめったにいないと思うでしょうが、意外とそうでもなかったりするんですよ…。やりかねないと思う人が何人か思い浮かびます…。